おじさんは糖尿である。

36才の頃、おじさんは、体重は3ケタ近く、

生活は不規則でほぼ毎日睡眠不足であった。

 

そんなある日、突然のかゆみがおじさんを襲った。

それも、なぜか、おちんちんの先の皮の部分。

(言っておくが包茎ではない)

かゆいかゆいと奥さんに話すと、キレ気味で浮気を疑われた。

おじさんは、浮気をしていない事を証明するため、

もっと言えば、性病でないことを証明するため、

近所の泌尿器科を受診した。

 

医師は診察後、静かに言った。「性病ではありません。

しかしながら糖尿の疑いがあります。

後日、空腹時採尿と採血を行いましょう」と。

 

帰宅し不機嫌な奥さんに伝えると、奥さんの表情は

悲しく曇った。

一応、浮気の疑いは晴れたが、別の意味で嫌な思いを

させてしまった。

 

後日、検査をすると、ヘモグロビンA1cは10.3

やはり糖尿病だった。

おじさんは糖尿病になってしまった。

 

 

 

真実とは裏読みせず、逆読みするべきだと悟った日。

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見覚えのないアドレスから突然メールが届いた。


タイトルは「大丈夫か?」だった。

スクロールすると職場でよく知る人の署名があった。


だけど、僕には不信感しかなく、恐る恐る読み始める。


「お前、最近元気ないじゃん?大丈夫か?

天声人語で載ってたので引用する。」

とあって次の文章が書かれてあった。


『ネパールの芸術家であり冒険家のヨスーデ・ソウ氏が

1969年エベレスト単独登頂後のインタビューでこんな事を語っていた。

「こんなに大きな会見場こんなに大勢の報道陣。ただ驚いています。

まず最初に、私のスポンサーへのプレゼンテーションの場をつくっていただいたことには

とても感謝している。一社、一社報告にまわらなくていいと言う事は、

とても有意義なことだからね。

だけど、エベレスト単独登頂なんて、ここまで注目を浴びるほどたいした事でもない。

ただの個性的な人間が、誰もがやりたがらないことをしただけのことさ。

だって、考えてみてください。私達は日々冒険をしているじゃありませんか。

何が起こるか分からない、前人未到の未来へと毎日冒険している。

不安にかられることもあるし、逃げ出したり、投げ出したくなる時だってあるでしょう。

それでも、立ち止まることは許されず、

朝日とともに訪れる誰の足跡もない今日に足を踏み入れなくてはならない。

こっちの冒険の方がとてもタフでハードだ。

だから僕は毎日新しい下着に着替えるのさ。

新しい気持ちで今日を過ごすために、新しい気持ちで冒険の旅に出るためにね。

今日この日に集まっていただいた皆さんにお願いがあります。

この場でのことをどのような記事にしてもらっても構わない。

だけど、最後にひと言だけ書き加えておいてください。

僕はとてもスポンサーのみなさまに感謝している。

とくに下着メーカーのブラッドリー社には特に感謝していますと。

それでは、みなさまの冒険がいつでも上手くいくことを願っています。』

どうだろう?お前の悩みは俺には分からないけど、

人生は道なき道を行く冒険だ。

誰かに認められるためではなく、

自分が自分に満足いく冒険にしないと。

いつか、お前の目標に

輝かしいフラッグを誇らしげに打ち立てようぜ。

と、メールは熱く締めくくっていた。

うん……。一応、ありがたい。

ても、でもね、僕はただ親不知が

疼いてイライラしてて

塞ぎ込んでいただけなんだけどね。

まぁ、ありがたいから感謝のメールなんぞ送ろうか。

と、一応ヨスーデ・ソウさんのことをググってみようと思った。

検索窓に「ヨスーデ・ソウ」と打ち込む。

で、検索ボタン押す瞬間には、全てを理解した。

余計にイライラした。イライラが止まらなくなった。しょうもなすぎる。

これ、何のためのメールなん?

夏休み、謎の微熱と謎の昔なばし

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

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13歳の夏。

まだ大人の言うことを素直に聞いてた頃の話。

世の中はロス・オリンピックに浮かれ、

僕は夏風邪にうなされていた。

37.4度の微熱がっずっと下がらない。

カラダが弱いので、1週間くらいは気にならなかったが、

2週間を過ぎると大人たちがざわつき始めた。

いつも行く医者に連れていかれる。

医者は「よくわからないが2週間その微熱が続くのはおかしいから、

日赤で診てもらいなさい」と言う。

日赤とは僕の街で一番大きな病院である。

しかし、その大病院の医師も首を傾げていた。

一応、血液を採られ、脳のレントゲンを撮った。

そして、また1週間後に来てください。と言われる。

 

何か悪い病気ではないかと、

我が家に緊張が走る。

大人たちはもちろんフツーを装っていたが、

父は「大丈夫だよ、そんな顔するなナカムラさん」

と僕を名字で呼び、さらに、さんをつけていた。

母は、夕飯できたよ!と家族を呼ぶが

食卓には、野菜サラダとポテトサラダが並んでいるだけ。

炊飯器に電気を入れ忘れご飯は炊けていなかった。

 

とんでもない病気かもしれないと言う不安に

大人たちの不安が覆い被さり、

神経質な僕は孤独に潰されそうだった。

 

検査結果が出るまでは地獄で、

いつも6畳の布団しかない部屋にカーテンを締め切りで

寝ているのだけど。そこは出口のないトンネルのようだった。

 

ある日の昼間、そのトンネルにお婆ちゃんが来てくれた。

お婆ちゃんは僕の枕元に正座をすると、

病人の部屋の独特な匂いを吸い込み、

それを溜息のように吐き出してから話し始める。

 

「あのね、お婆ちゃんが、そうだね4歳くらいだったかな?

冬の寒い日だったね。今みたいにさ、街灯がないときだから、

夜空にキラキラの星がギッシリと散らばっていたんだよね。

それがとても綺麗で、ずーっとみていたんだよ。

お婆ちゃんの顔が物欲しそうだったのか、

お兄ちゃんたちが、よーしって言って

屋根に登って行ったんだよ。

そしてさ、トメ(お婆ちゃん)は何個欲しい?って聞いてくるの。

お婆ちゃんは屋根を見上げて1個でいいよって言ったの。

お兄ちゃんたちは、わかった待ってろよって言って、

物干し竿を夜空に向かって突くの。エイや!エイや!って

何度も何度も。でも、何も落ちてこなくてね。

お兄ちゃんたちは

肩車したらどうだ?とか竿を紐で縛ってつなげたらどうだ?

とか話してるんだけど、お父さんに見つかって、

家を潰す気か!ってすごく怒られてた。」

 

そこまで話すとお婆ちゃんはフフフと笑い、僕の顔を覗き込んだ。

僕もなんだか素敵な話だったのでニコッと笑いかえす。

するとお婆ちゃんの顔はくしゃくしゃになって、それを僕に見せまいと

顔を手で覆う「ご、ごめんね」と言い残すと

部屋から出て行った。

 

え?なんで?なんで?

僕は取り乱す。

何かが確定した感じがした。

 

でも大人たちに、確認する勇気はなかった。

 

検査結果が出る日、僕は世界の終わりのような顔をして

父親と日赤に行く。

医師は、やはり首を傾げ

「とりあえず、体温計を変えてみたら?」

と言った。

【実話】ある日、なぜだかホームレスを探しに

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ある日の話。

徹夜明けのなんの予定もない日、家に帰ろうかと歩いていると

「あのーすみません」と声がする。

振り返ると日焼けして健康そうな50代であろうおばさんが立っていた。

おばさんは、僕が振り向くと少し笑顔を見せながら

「この辺に浮浪者のテントのようなものが集まっている場所はありますか?」

と力強くハッキリと言った。

 

「この辺に浮浪者のテントのようなものが集まっている場所はありますか?」

唐突な言葉に僕は、初めて聞く日本語のように、意味を理解しながら

僕の頭の中でもう一度くりかえす。

 

「ハイ、そこに住んでいる弟に会いにきたんです」

真っ直ぐに目を見ながら話す。それは、もう離すまいとするかのように。

 

「えっと……」残念ながら知っているのだ。なので、観念して案内することにした。

 

「私、看護師をしてまして、赤羽からきたんです」

沈黙のスペースを埋めるかのように次々と言葉を放り投げてくる。

僕は、その勢いに気圧され、ただ頷く。

 

しばらく歩くと河川敷に着く。

「この辺だと思いますが…」

 

土手を登ると夏の準備をする植物が青臭い匂いを放っていた。

まだ残る朝露が靴を濡らした。

 

「では…」と僕が言ったのと同時に

「では、行ってみましょうか」とおばさんの声が被る。

 

「え?」と不満の意思表示をする僕を置き去りにして前を行く。

 

諦めてそれに従う。

 

川の緩やかなカーブに沿ってブルーシートのテントが建ち並ぶ

 

おばさんはすでに探しはじめている。

浮浪者さん達の聖域にズカズカ入り込み

ビニールや、段ボールの囲いを平気でまくりあげて、

中でくつろぐ浮浪者さん達を脅かしていった。

 

恐ろしくなって駆け寄り

「なんか目印とかないんですか?」と訪ねると

「黄色いタオルが屋根に引っ掛けてあるの」

目印はあるのである。だのに、ジオラマの中で張り切るゴジラのように、

浮浪者さん達のささやかなプライバシーを破壊しつづけていくのである。

・・・・恐るべしおばさん。

 

「いたじゃな~い」

探し当てた感動はなく、逆につまらなそうに

「お兄さん、こっちよ」と呼んだ。

 

「お兄さんに連れて来てもらっちゃった。なんかおもてなししてあげてよ」

 

「弟のマサハルです」とおばさん

そういえば、おばさんの名前は知らないなぁと思いながら

「○○です」と自己紹介する律儀な男。

満面の笑みで頭を掻いている弟。

頭が痒いのか、ただ単に照れてるだけなのか・・・・

しかし、いずれにしても白い粉が中空を舞う。

 

「どうぞ」とおばさん

自分だけ先に丸太に腰をかけている。

「いやぁ、もう帰ろうと思うのですが・・・」

と言いながらも腰をかける。

とてつもなく「おもてなし」が気になっていた。

 

恐らく半年間は本来の機能を果たしてないであろうコップ達が

テントの中から文字どおり発掘されてきた。

目の前に座る客人の前に一つひとつコップを置いていく。

その際に彼は必ずコップの中にフッと強い息を吹き掛ける。

心の広~い僕でさえ、その行為は、コップに聖なる魂を込める儀式には見えなかった。

恐らく半年前は透明であったはずのコップが

僕の前で輝きを失いさらに、黄色く変色している。

 

原住民に出くわした川口浩なら

こんな時どうするだろう・・・・

 

見たこともない動物に出くわした畑政憲なら

こんな時どうするだろう・・・

 

・・・そうだ、こんなところで文化の違いを話し合ってもどうしようもないのだ。

心と心で語り合おうではないか・・・

 

開き直った僕に、

今度はコップに得たいの知れない液体が流し込まれる。

「これどこの?」とおばはん

「あのーホテルの裏の・・・・」

おかしな会話である。

これどこの?と聞いたらメーカー名を言うべきだろう、弟。

・・・・まぁ、何となく分かるが、何となく分かりたくないのだよ。

 

「あーおいしい」おばはん

「でしょう」と何か得意げな弟。

 

さらに、おかしい。

なぜそこで、凄いだろうと言わんばかりに胸を張るのだ。

 

・・・・打ちのめされていた。もう逃げ出したかった。

しかし、このコップの中の液体を飲まなければ、この原住民達との

絆を結ぶことはできないのである。

というへんな責任感に後押しされながら、少しだけなめてみた。

アルコールだと言うのは分かるのだけれど・・・

 

少しづつ喧噪が僕から離れていく。

少しづつ記憶が遠ざかっていく。

 

宇宙人と遭遇した人みたいにその後の僕の記憶がスッパリと

消し去られてしまった。

新宿歌舞伎町DVDブルース〜どんな計算をすればその答えは導き出されるのか?〜

久しぶりに新宿の歌舞伎町に足を踏み入れてしまった。

それも、より、いかがわしい通りに。

あくまでも迷って仕方なく足を踏み入れたのだ。

道にも迷ったし、心も迷ったし、欲望も迷ったのだ。

だから仕方ない。僕の問題ではない。
(諸事情によりいろいろと言い訳しております。)

んで、音楽を聴きながら歩いてた僕に、いかがわしい店の

いかがわしいオジさんが話しかけてきた。

しかし、申し訳ない、僕のイヤフォンは、外音遮断性が高く、

外からの音はいっさい聞こえないのだ。

それを、知ってか知らずか、

オジさんは、ジェスチャーを交えてきた。

何やら両手で輪っかを作って何かを言っている。

そんなオジさんたちを僕は、無視して歩いていた。

一人・・・二人・・・とまるっきり同じジェスチャーだった。

しかし、なんだろう、あの輪っかの意味は?

ひょっとしたら、新作ドーナツじゃないだろうか?

それとも、できたてのメロンパンだろうか?

三人目のオジさんが同じジェスチャーで話しかけてきた時、

イヤフォンを取って、オジさんの話を聞くことにした。

あの輪っかは、予想どおり、エロDVDを意味していた。

「1万円でDVD27本だよ、どう?」

そんなことを僕に言ってくるなんて、少しショックだったし、腹も立った。

でも、なるべく冷静に言った。

「失礼ですが、千円なら何本ですか?」

「千円では、売ってないんだよね。

そんな人には、オジさん声援しか贈れないんだよね。」

つまんないオッサンのダジャレに、僕は逃げるように早歩きになった。

後ろからオジさんの声が追いかけてきた。

「特別な5千円パックならあるよ。5千円でDVD 7本だよ」

僕は思わず立ち止まり、思わず口に出していた

「それ、どんな計算?」

新福菜館 麻布十番店ー 食べながら次にまたくることを考えている。

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麻布十番駅から66メートル。

妻があれじゃない?とゆびを指す。

僕はそれを見ながら、

「アホか、新福菜館(しんぷくさいかん)館って言うぐらいだから

立派なビルに決まってるでしょ」と言いながら歩いて行くと、

妻の言う通り、フツーの昔ながらの

ラーメン屋の店構えにでーんと「新福菜館」の看板。

「やっぱりここじゃん。」勝ち誇る妻を無視して、

外に出ている券売機で食券を購入

そういえば、この店に関する僕の中にある情報は、

京都の中華そばを食べさせてくれる店ぐらいしかありません。

なので生卵のせの中華そば大を選択。

土曜日の11時30分。4名ほど並んでいます。


待つこと15分。

イケメン店員が誘導してくれました。


店に入ると先に入っているお客さんの全員が焼き飯を食べている。

中には焼き飯だけ食べているお客さんもいるほど。

女性の方も中華そばと焼飯をセットで食べている。


なんだろう、この異様な光景。

ラーメン屋でこんな景色を見たことはなかった。

…あれ?完全にしくじった?

お店の方には申し訳ないがすぐに焼飯(小)を追加注文。

快く聞き入れてくださりひと安心。

もしかしてこの店のあるある?

で、少し期待しながら待っていると、着どーーーーん。

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ほぼ黒いスープを一口飲む、んんあぁと思わず声がでる。美味しい。

次に麺。ストレートのやや太めの麺がスープに合ってていい。

さらに、麺と九条ねぎとチャーシューを頬張る、

これがうまい!ひとつひとつがちゃんと美味しいから

組み合わせると何倍もの美味しさになる。スゴイ。

続いて焼飯をいただく。

ひと口でふわっと醤油の香ばしい香りが広がる。

フツーのチャーハンにはないこの香ばしさ。

具材も九条ねぎチャーシュー卵がちゃーんと存在していて

ちゃーんとそれぞれの風味を出している。

中華そば、焼飯を数口ずつ食べ終わると、僕はもう

次に来る予定をたて始めてしまう。

未来の僕に食べさせてあげたくなる美味さなのだ。

7月7日。願い事はなんだったっけ?

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今週のお題「星に願いを」

 

小学校6年生の僕は半分冗談、半分本気で

 

ウルトラマンになりたい」と短冊に書いた。

 

その短冊をクラスのみんなと競い合いながら笹の上の方に結んだ。

 

みんな高いところに結んだほうが願いが叶うと思っていたんだと思う。

 

一番上ではではなかったけれど、二番手ぐらいに飾れたことに満足して、

 

大きな笹を仰ぎ見ると、

 

僕の短冊の隣に、青地に黒いマジックで

 

「先公殴りてぇ」。

 

と書かれた短冊が垂れ下がっていた。

 

僕の白地にオレンジの蛍光ペンで書かれた

 

ウルトラマンになりたい」

 

がとても子供っぽく弱々しく見えて、

 

少し悲しくなったことをよく覚えている。

 

いま思い返しても、

 

その二つの願い事は、同学年とは思えない

 

シュールな空気をつくりだしていたのだと思う。

 

先生にしても、扱いやすい子供と、扱いにくい生徒だっただろう。

 

光と影。陰と陽。

 

しかし、そんなものは、太陽の位置次第で、簡単に入れ替わる。

 

あれから、30年ほど経過したいま「先公殴りてぇ」と書いた

 

彼の願いは、叶ったかどうかわからない。

 

わからないけど、彼は、いまはある省庁でエリートコースを

 

邁進している二児のやさしいパパである。

 

ウルトラマンになりたい」と書いた僕は、

 

陽の当たらない裏路地をチンタラと歩いていて

 

こんなブログを書いている。

 

もちろん、あの願い事は、いまはまだ叶えられていない。

 

 

 

あくまでもいまはまだなのである。

 

人生どうなるのかなんて、誰にもわからない。

 

太陽だって刻一刻と位置を変える。

 

でも、できれば、陰日向なく、みんなが

 

自分の思い通りの場所にいれたらいいのにと思う。

 

 

「すべての人に光が射しますように。」

 

と、ことしの願い事を短冊に書いてみた。