勇者、ボク。

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「そろそろ時間じゃない?」

 

ママの声にボクはドキッとした。

ゲームの時間は一日一時間までという約束があったからだ。

ボクは声のした方にそーっと振り返って

ママの様子を覗いてみる。

いつものようにママは忙しそうに動き回っていた。

少しご機嫌ななめかな?

ボクは「もうちょっといい?」と言おうとして止めた。

〈冒険を終わりにしますか?〉と聞いてくる勇者にちょっと寂しい気持ちで、

また明日ね。って言いながら「はい」というボタンを押す。

ボクは、明日こそ宿題を早く終わらせて、

ママにゲームの時間の延長をお願いしようと思った。

 

ボクは、ソファから立ち上がり大きく伸びをすると勉強部屋へと向かう。

 

「ボク、ちょっと悪いんだけど」

おじいさんがすまなさそうに話しかけてきた。

 

「駅前の薬局に薬を取りにいってきてくれないかい?おじいさん忘れちゃって。」

 

「ごめんね、これから宿題をしなくちゃいけないの。」

ボクもおじいさんと同じようにすまなさそうに謝った。

 

勉強部屋の机に座ってカバンからドリルを取り出して算数の計算問題に取りかかる。

ちっともわからなくて、なかなか進まない。

少し眠くなって大きなあくびをした。

ちょうどその時、窓にコツコツと何かがあたる音がした。

目を向けるとボクは思わず「あっ」と驚く。

 

ベランダに仙人様がいる。

仙人様は窓を開けると「勇者よ!旅にでよ」と言いながら杖ではなく、ステッキを天にかざす。太陽の光がちょうどステッキにあたってキラリ輝く。

ボクは、ゲームの中に入り込んだみたいでワクワクしていた。

 

「旅って?どこへ行けばいいの?」

 

「うむ、まずは、腕試しに薬局へ行っておじいさんの薬をとって参れ!

もちろん、そなたが無事に戻ったなら、おつりの五十ゴールドを与えよう。

行き先は駅前の薬局じゃ!」

 

「わかりました!でも、ママには内緒ね。」

 

「わかった、わかった。王女には内緒にしておく。では、行って参れ!」

 

ママが王女?

首を傾げながらもボクは、嬉しくなって部屋を出て行く。

 

洗濯物をしているママに気づかれないように裏の路地から出発する。

路地裏を歩き出すと、ゲームで流れる勇敢な音楽が鳴りだした。

旅立ちの歌だ。

太陽の日差しは強く、暑かった。

だけど、いつもよりもボクの腕の振りは大きく力強く、歩幅も大きい。

 

遊歩道に出る手前で二匹の猫が道をふさぐ。

「うー」と低い声で言い争いをしている。

ケンカの理由は分からないけど、ボクは「ねぇ、猫さんたち。

仲直りしてそこを通してくれない?」と言ってみた。

・・・聞いていない。ボクはちょっと寂しかったけど、

こんどは、猫さんたちと同じような姿勢で「うー」と唸ってみた。

猫さんたちは、そのヘンテコな姿勢を見て、

ケンカをするのもばからしくなった様子で、それぞれ別々の方向へ帰っていった。

 

その時、ボクの中で、勇者が強くなったときに流れるファンファーレが鳴った。

 

なんとなくだけど少し強くなった気がした。

 

遊歩道に出ると、イチョウ並木が木陰をつくっていて少し涼しくなった。

片目をつむって空を見ると葉っぱの緑がきれいだ。

 

突然、足下の方に嫌な予感がした。目を恐る恐る下に移すと犬が現れた。

驚いて後ろにとびあがる。

 

ボクは、幼稚園の頃、犬にお尻を齧られたことを思い出した。

だけど、逃げたい気持ちをグッと抑えて、犬の前にたちはだかる。

 

そして、パパやママに抗議をする時のように腕を組んでほっぺたを膨らませた。

けれど、本当は怖くて、目には涙が潤んでいた。

 

犬は、しばらく、ボクの方を見ていたけれど、

このまま待っていてもエサをくれそうもないし、

ちょっと変な顔で見られているので少し困ったように

来た道を引き返していった。

 

また、ファンファーレが鳴った。

 

ボクはどんどん自分が強くなっていくような気がして嬉しくて

スキップで薬局へ急ぐ。

 

「あら、お使い?偉いわね」

 

と薬局のおばさんが頭をなでる。なんだかちょっと恥ずかしくて、

でも、ちょっと嬉しかった。

 

「じゃあ、これがおつりの50円、これが、おじいさんのお薬。

おじいさんにお大事にって言ってね。」

 

「はい。」

 

「あ、それとコレ。ごほうびのキャンディー。

ボクがもっと元気になれるお薬よ。」

 

ボクは、「ありがとう。」って大きな声でいいながら、

アタマをちょこんと下げた。

 

「はい。気をつけてね。」おばさんがやさしく微笑んだ。

 

ボクは、仙人様のいるお家に向かって急いで帰る。さっきもらったキャンディーを口の中に放り込むとなんだか本当に元気になったような気がした。

 

健太と裕太が前から歩いてくる。

いじめっ子の二人組だ。

ボクは、ちょっと怖くなって逃げようとした。

でももう遅かった通せんぼうをして、逃がしてくれない。

 

「おい、お前!何逃げるんだよ」

 

「別に」

 

「何かあやしいなぁ」

 

裕太が袋をさして

「何か、いい物を持ってるんじゃないの?」

「見せてよ」

 

「これは、おじいさんの薬だよ」

 

「ウソつけ」

 

健太に袋を奪われた。

その拍子にボクは転んでしまった。

 

健太が袋の中を覗き込み、腹を立てたように

「なんだつまんないの。本当に薬じゃん」と言うなり、薬をあたりにばらまいた。

 

何だか前にもこんなことがあったような気がする。

ボクの筆入れの中身をばらまかれたこともあった。

そして、友達の何人かが同じように大切な物を取り上げられて

意地悪をされていた。

 

でも。でも。今日は違う。

ボクのことなら我慢するけど、薬はおじいさんの物。

そして、いまのボクは、勇者なんだ。仙人様との約束通り、

おじいさんの薬をお家までもって帰らなければならないんだ。

その思いが、ボクに生まれて初めてというほどの大きな声を出させた。

 

 

「なんで、意地悪ばっかりするの!」

 

 

言いながら涙が溢れてきた。鼻水も流れ、体が震えだした。

健太と裕太は、その声に驚いて、

慌てて薬を拾い集め「ごめんよ、悪かったよ」と言ってボクの手に薬を持たせ、

本当に済まなそうな顔をした。

 

そして逃げるようにその場を立ち去った。

 

今度は一段と大きくあのファンファーレが鳴った。

 

やった!ボクはボスを倒したのだ。

 

嬉しかった。勇気を出せばボクにもいろんなことができるんだ。

ゆっくり立ち上がって、涙を拭いた。

そして、胸を張って家に向かった。

ボクは、鼻をすすりながら勇者のテーマを口ずさんだ。

声はまだ震えていた。

 

お家に着いた。本当のゲームなら、歓迎をしてくれるはずだけど、

なんだかとても静かだった。

 

「ただいまー」

 

と言った瞬間、ママには内緒で出かけたことを思い出す。

ボクは、人差し指を口に添えてシーって言いながら、

そーっとドアを閉め玄関にあがる。

 

そこには、ママが立っていた。

いつもより大きく見えるママがゆっくりと

「どこへ行っていたの?」と聞いて来た。

 

ひょっとして、ママが本当のボスなのかもしれない。

 

ボクは正直に「おじいさんのお薬をもらいに行ってきたの」と

言いながら、ママに、お薬を見せた。

 

突然ママが襲いかかってきた。

 

そして、ボクをギュッと抱きしめてきた。

 

ボクは、やっぱりボスだったんだ。

 

早く反撃しなくちゃと慌てていた。

 

でも、ママの声はやさしく

 

「よかったね。偉いね、ひとりでお買い物に行けたのね。」

と言いながら、泣き出していた。

 

「勇者よ、よくぞ帰ってきたのう。」と仙人様の声がする。

そこには、ステッキをもったおじいさんが立っていた。

 

「あれ?おじいさん?」

 

「何を言うワシは仙人じゃぞ」と言いながらおじいさんは

周りをキョロキョロして白いヒゲを探していた。

 

ボクは笑いながら五十円を握りしめて、

 

少しだけ勇者気分を味わっていた。