【実話】ある日、なぜだかホームレスを探しに

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ある日の話。

徹夜明けのなんの予定もない日、家に帰ろうかと歩いていると

「あのーすみません」と声がする。

振り返ると日焼けして健康そうな50代であろうおばさんが立っていた。

おばさんは、僕が振り向くと少し笑顔を見せながら

「この辺に浮浪者のテントのようなものが集まっている場所はありますか?」

と力強くハッキリと言った。

 

「この辺に浮浪者のテントのようなものが集まっている場所はありますか?」

唐突な言葉に僕は、初めて聞く日本語のように、意味を理解しながら

僕の頭の中でもう一度くりかえす。

 

「ハイ、そこに住んでいる弟に会いにきたんです」

真っ直ぐに目を見ながら話す。それは、もう離すまいとするかのように。

 

「えっと……」残念ながら知っているのだ。なので、観念して案内することにした。

 

「私、看護師をしてまして、赤羽からきたんです」

沈黙のスペースを埋めるかのように次々と言葉を放り投げてくる。

僕は、その勢いに気圧され、ただ頷く。

 

しばらく歩くと河川敷に着く。

「この辺だと思いますが…」

 

土手を登ると夏の準備をする植物が青臭い匂いを放っていた。

まだ残る朝露が靴を濡らした。

 

「では…」と僕が言ったのと同時に

「では、行ってみましょうか」とおばさんの声が被る。

 

「え?」と不満の意思表示をする僕を置き去りにして前を行く。

 

諦めてそれに従う。

 

川の緩やかなカーブに沿ってブルーシートのテントが建ち並ぶ

 

おばさんはすでに探しはじめている。

浮浪者さん達の聖域にズカズカ入り込み

ビニールや、段ボールの囲いを平気でまくりあげて、

中でくつろぐ浮浪者さん達を脅かしていった。

 

恐ろしくなって駆け寄り

「なんか目印とかないんですか?」と訪ねると

「黄色いタオルが屋根に引っ掛けてあるの」

目印はあるのである。だのに、ジオラマの中で張り切るゴジラのように、

浮浪者さん達のささやかなプライバシーを破壊しつづけていくのである。

・・・・恐るべしおばさん。

 

「いたじゃな~い」

探し当てた感動はなく、逆につまらなそうに

「お兄さん、こっちよ」と呼んだ。

 

「お兄さんに連れて来てもらっちゃった。なんかおもてなししてあげてよ」

 

「弟のマサハルです」とおばさん

そういえば、おばさんの名前は知らないなぁと思いながら

「○○です」と自己紹介する律儀な男。

満面の笑みで頭を掻いている弟。

頭が痒いのか、ただ単に照れてるだけなのか・・・・

しかし、いずれにしても白い粉が中空を舞う。

 

「どうぞ」とおばさん

自分だけ先に丸太に腰をかけている。

「いやぁ、もう帰ろうと思うのですが・・・」

と言いながらも腰をかける。

とてつもなく「おもてなし」が気になっていた。

 

恐らく半年間は本来の機能を果たしてないであろうコップ達が

テントの中から文字どおり発掘されてきた。

目の前に座る客人の前に一つひとつコップを置いていく。

その際に彼は必ずコップの中にフッと強い息を吹き掛ける。

心の広~い僕でさえ、その行為は、コップに聖なる魂を込める儀式には見えなかった。

恐らく半年前は透明であったはずのコップが

僕の前で輝きを失いさらに、黄色く変色している。

 

原住民に出くわした川口浩なら

こんな時どうするだろう・・・・

 

見たこともない動物に出くわした畑政憲なら

こんな時どうするだろう・・・

 

・・・そうだ、こんなところで文化の違いを話し合ってもどうしようもないのだ。

心と心で語り合おうではないか・・・

 

開き直った僕に、

今度はコップに得たいの知れない液体が流し込まれる。

「これどこの?」とおばはん

「あのーホテルの裏の・・・・」

おかしな会話である。

これどこの?と聞いたらメーカー名を言うべきだろう、弟。

・・・・まぁ、何となく分かるが、何となく分かりたくないのだよ。

 

「あーおいしい」おばはん

「でしょう」と何か得意げな弟。

 

さらに、おかしい。

なぜそこで、凄いだろうと言わんばかりに胸を張るのだ。

 

・・・・打ちのめされていた。もう逃げ出したかった。

しかし、このコップの中の液体を飲まなければ、この原住民達との

絆を結ぶことはできないのである。

というへんな責任感に後押しされながら、少しだけなめてみた。

アルコールだと言うのは分かるのだけれど・・・

 

少しづつ喧噪が僕から離れていく。

少しづつ記憶が遠ざかっていく。

 

宇宙人と遭遇した人みたいにその後の僕の記憶がスッパリと

消し去られてしまった。