探偵裕くんの報告書〜友情飛行〜

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昨日見た絵本の探偵のように、

虫眼鏡を持った裕くんは得意そうに犯人捜しをしていた。

もちろん、事件なんて何も起こってはいないのだけれど。

 

「やっぱり、ママがワルモノだよ。このグラスの指紋は絶対ママのだよ。」

 

「あらそう?でも、さっき、知らない人が玄関から出て行くのを見たわよ。

足跡残ってない?」

 

何度も犯人扱いされたママは、少しだけ面倒になって真犯人がいる事を探偵裕くんに

教えてあげた。

 

「ご協力ありがとうございます。」と敬礼しながら、裕くんは外へと飛び出した。

 

「それは、お巡りさん。」ママはそう言おうとして、

裕くんの後ろ姿を笑顔で見送る。

 

裕くんにしてみたらお巡りさんも探偵も同じようなものだった。

 

裕くんは、足跡のような物を追って、庭の花壇へと導かれた。

すると、アリさんたちが集会をしているのが、虫眼鏡に映し出された。

もしや、何かの事件ではないか?裕くんは耳を澄ませた。カサカサ、カサカサ、音はするけど何を言っているのかわからない。

 

裕くんは、走って家に戻って、

アリさんたちのお話が聞こえる道具を探った。ない。ない。ない。

あ!と突然ひらめき、おじいちゃんの部屋へ。

「おじいちゃん。おじいちゃんの心臓の音を聞くやつ貸して!」

「心臓の音?あ、ひょっとしてこの事かな?」と、

裕くんの目の前に長年使って古くなった聴診器をかざす。

「ご協力ありがとうございます。」おじいちゃんも敬礼で返して、

うれしそうに笑った。

 

アリさんの集会に戻った裕くんは、聴診器を

アリさんたちの頭上にかざした。

 

「もうさ、これ以上、ハチさんの面倒なんて見なくていいと思うんだけど。」

ひとりのアリさんが神経質そうにメガネをいじりながら言った。

 

「確かに。僕もそう思う。」「僕も。」

 

じっとしているハチさんがいて、その周りをアリさんたちが囲んでいた。

 

そんな光景を虫眼鏡で見ながら、

聴診器でみんなの声を聞いていると裕くんもその世界にいる仲間に

なったような気がした。

一匹の筋肉のついたアリさんが、ハチさんの近くにゆっくり歩み寄った。

「もう終わりなの?まだ何もやってないよハチさんも僕たちも。このままで良いの?」

 

「じゃあ、どうすれば良いんだい?ハチさんは、あれから1ケ月経ってもまだ飛ぶのが怖くて、震えているように見えるけど。」

 

「でも、それは、僕らの仲間を助けてくれたからじゃないの?

クモにもう少しで食べられてしまうところを、

アミを切り裂いて助けてくれたからだよね。

そのおかげで、アミに翼が絡まって、身動きとれないまま、

墜落したんじゃないの。そんな恐怖、味わったものにしかわからないよね?

ねぇ?ハチさんも何か言いなよ。」

 

「ご、ごめんね、みんな。僕の事は気にしないで明日には帰るから。大丈夫だから。」

 

途中から話に入った裕くんにも、ハチさんが強がりを言っている事はわかった。

 

筋肉のついたアリさんも気づいている。

 

「じゃあ、今ここで、飛んでみせてくれないか?」

筋肉のついたアリさんが、冷たく言う。

神経質のアリさんがメガネに手をかけた。

 

6月の梅雨晴れの午後、緩やかな風が、朝露が残る草をふるわせた。

しずくは、雨みたいになってアリさんたちの上に降り注ぐ。

 

「うん。」とても小さな声だった。

「わかった。やってみるよ。」

 

遠巻きで、思い思いのことを話していたアリさんたちも、

ハチさんに目を向けた。

筋肉のついたアリさんは、少し寂しそうな顔で見守っている。

神経質なアリさんは、メガネの奥から冷たいまなざしを向けていた。

裕くんは息を止め、ハチさんの動きに集中した。

 

翼がはばたく。ゆっくりと真上に身体を浮かび上がらせる。

 

裕くんは、おじいさんが、骨折して入院した時のことを思い出した。

なんだか恐る恐る歩く姿に「おじいさんは、保育園の年少さんみたいだね。」

って言って笑ったら、おじいさんは、少し寂しそうな顔をしたけれど、

その後も、泣き言を言わずに、一生懸命リハビリを繰り返していた。

裕くんはおじいさんに言ってしまった言葉をその後もずっと後悔していた。

だけど、謝るのも恥ずかしくて、まだ謝っていない。

 

よたよたと真上に浮かび上がったハチさんは、

急に、動きを止めて、また着陸してしまった。

というより、落ちて行った。

背中を下にして落ちたハチさんは、ゆっくり、体勢を元に戻す。

 

筋肉のついたアリさんは、悔しそうだった。

神経質のアリさんは、相変わらず冷たく見つめるだけだった。

周りを囲むアリさんは、みんな笑ったり、「ほら見ろ」とか、

ヤジを飛ばしていた。

 

裕くんは、がっかりして、

思わずため息をついた「ハァー」。

 

突然の突風が真上から吹いてきた。

アリさんたちも、ハチさんも、飛ばされないようにツメをしっかり立てた。

そして、風が去ってから、上空を見上げた。

 

裕くんは、アリさんも、ハチさんもいっせいに自分を見ていることに驚いた。

静かに見守っていたのがバレてしまったのだ。

 

「おい、そこで何をしてる?」

筋肉のついたアリさんが、少し怒って言った。

「僕らの話を盗み聞きしていたのでしょう?

少し趣味が悪いですね」

神経質なアリさんが抗議するように言う。

 

思いもよらない展開に裕くんは驚いていた。

「僕は、探偵でワルモノを追っていたの。でも、みんなが集まっているから、

何か事件かと思って。盗み聞きしたわけではないけど、

ごめんなさい。でも、もし僕が役にたてるなら手伝いたいんだけど?」

 

筋肉のついたアリさんは、神経質なアリさんと初めて目を合わせて、

目だけで何かを会話したように見えた。

裕くんは、沈黙に耐えきれず、つばを飲み込んだ。ごくりと言う音だけが響く。

 

「名前は?」

筋肉のついたアリさんが言った。

 

「探偵の裕です。」

筋肉のついたアリさんが何度か頷く。

「じゃあ、本当に手伝ってくれるかい?」

「うん。本当だよ。僕は嘘はつかないよ。」

「じゃぁ、女王様の翼を借りて来てくれない?」

ざわざわと騒ぎだす。

「あの神聖な物を?」

「何のために?」

 

緊張しながら裕くんは「それはどこにあるの?」とゆっくりと、言葉にした。

 

「それは、ハタラキアリの僕らにはわからない。だから探偵の君に頼んでいる。」

 

「やってくれるの?くれないの?」

 

「うん。やってみる。でも、少し時間をくれないかな?なるべく急ぐけど。」

 

「いいよ。けど、結婚飛行が終わったばかりだから、急がないと、どこか消えてなくなるかもしれないよ。」

 

「了解しました。では、捜査を開始します。」

 

敬礼して、裕くんは、立ち去った。忘れないように

「結婚飛行、結婚飛行、女王様の翼、女王様の翼」とつぶやきながら家へと急いだ。

 

「おじいさん、結婚飛行と女王様の翼って知ってる?

アリさんたちに捜査を頼まれたんだけど?」

 

「?有田サンが裕くんに捜査を依頼したの?」

 

裕くんには、アリさんでも有田サンでもどっちでも良かった。

 

「結婚飛行と女王様の翼? あ、そーだ。アリの場合は、

結婚式もハネムーンも同時にやるみたいでな、ちょうど今頃、

結婚がしたい数多くのオスアリが自慢の飛行技を披露するんだ。

その中から一匹だけメスアリが結婚相手を選んで

そのままハネムーンへ出かけるらしい。それが結婚飛行だな。」

 

裕くんは仲良く飛んでいるアリさんを想像しながら続きを待った

 

「それで、ハネムーンから帰ってきたメスアリが子供を産んで、

晴れて女王アリになるんだけど、女王アリはもう結婚飛行はしないから、

翼を外して、生まれた女の子にその翼を引き継いで行くんだ。」

 

裕くんには、少し難しかったけど、何となくわかった気がした。

 

「おじいちゃんが建てた家だけど、

お父さんがローンを引き継ぐみたいなものかな?」

 

おじいさんは、少し嫌な顔をして話をそらす。

 

「それで、何の捜査を依頼されたんだい?」

 

「その女王様の翼はどこにあるの?」

 

「それは、アリの巣の女王の間にあるんじゃないか?

ほら、庭の隅に桜の木があっただろう、

その根の辺りにアリの巣があったと思うけどな?」

 

「どうしたら、翼を借りられるかな?」

 

「うむ、有田サンなら菓子折りを持って、

お願いすれば何とかなるだろうけど、アリさんは、

言葉も通じないだろうし、実際、人間が来たら怖がって逃げるだろうしなぁ。」

 

裕くんは、菓子折りと言う言葉で頭がいっぱいになった。

 

おじいさんの目の前にある、いつも金平糖の入った瓶には、

形をとどめてない、ザラメみたいになった粒が残っていた。

裕くんは、それをおじいさんからもらって、

アリさんが集まっている花壇へ向かった。

もちろん、敬礼は忘れない。

 

花壇に着くと、

筋肉のついたアリさんを見つけて、

女王様の翼がどこにあるかだいたいわかったことを説明した。

 

そして、アリさんに協力してほしいとお願いした。

 

「それなら、わかった。念のため戦闘部隊を用意しよう、

みんなも、それで良いよな?」

 

アリさんたちは、勢い良く

「オーッ」と雄叫びを挙げた。神経質なアリさんも、渋々頷く。

 

「でも、なんで女王様の翼なんか必要なの。」

 

「それは、教えられない。君はお願いされたことをしてくれれば良い。」

 

仲間になれたと思った矢先の冷たい言葉に、裕くんはちょっと悲しくなった。

「わかった。じゃあ、戦闘部隊のみんな集まってください。」

とても強そうなアリさんたちが、裕くんの目の前に集まってきた。

裕くんは、その迫力に驚きながら話しはじめる。

 

「僕たちの目標は、女王様の翼を借りに行くことです。

だから、みんなの力が必要なのです。お手伝いをお願いします。」

といいながら、敬礼をした。指先までピーンと伸ばして。

 

「フン」と鼻をならし、隊長アリさんが、

「みんな聞こえたよな?よし、今から、女王様の翼を借りに行くぞ!」

 

裕くんは、とてもうれしかった。

「じゃあ、これをみんなで持って、庭の端っこにある桜の木の下に行こう!」

 

アリさんたちは隊列を組んで、たくさんのザラメ状の金平糖を運んだ。

 

誰かの足跡や、植物の根や、他の昆虫たちといった障害を避けながら進んで行く。

誘導役は、もちろん裕くんが買って出た。

障害物はどかしてなるべく最短距離で行けるように。

 

やっとたどり着いた。

アリさんたちに合わせて身体をかがませ歩いた裕くんは疲れ果てていたが、

隊長に裕くんの考えていることを伝えて、虫眼鏡と聴診器で、

少し離れたところで、見ていることにした。

 

隊長は早速、近くで作業をしていたアリさんに話しかけた。

作業中のアリさんは巣の中に入って、強そうなアリさんを連れてきた。

隊長は、ひとつ咳をして

「女王様にお話をしたいのですが、会わせてくれませんか?」と

落ち着いた声で言った。

 

強そうなアリさんは、紳士的に

「どのようなご用件でしょうか?」優しいけれど、力強く言った。

 

「それは、女王様にお話をします。」

 

「それなら、会わせることはできません。」

隊列を組んだ戦闘部隊のアリさんたちが次々と到着して、ザラメ状の金平糖の山を作っていった。それはモニュメントみたいになった。

 

「何かあったの?」

 

お腹がタプッとした女王様がゆっくりと巣から出てきた。

 

「女王様、お願いがあります。」

 

「ずいぶん、思い詰めた顔をしてどうしたの?」

 

金平糖のモニュメントが西日に当たり乱反射して、

色とりどりの光を放っていた。女王様はそれに気づいて、まぶしそうに、

「何コレ、凄くキレイね。」

 

「それは、お土産です。みなさまで召し上がっていただければと思いまして。」

 

「こんなに美しいものが、食べ物なの?」

 

「ハイ、その通りです。」

 

女王様は、喜んでいる自分を少し戒めるように、ひとつ咳払いをした。

 

「で、何の用なの?」

 

隊長は、姿勢をただして

 

「ハイ、率直に申しまして、女王様の翼を少しの間、

お借りしたく、やって参りました。」

 

「翼を借りたいと?・・・おそらくあなたもご存知のように、

翼は、先祖から受け継がれてきた大切なもの、それを借りたいとは、

それ相応の問題があると言う事なのか?」

 

隊長は、今までのことをすべて話した。

 

女王様は、何度か頷いて

「わかりました。お貸ししましょう、しかし、条件があります。

私もその場へ連れて行きなさい。その条件でお貸しします。それで良いか?」

 

隊長は笑顔で頷いた。

 

「あなたも良いか?」女王様は、上空の裕くんを見て言った。

 

裕くんも笑顔で「ありがとうございます。」と元気よく答えた。

 

「では、出発しよう!」

 

今度は、女王様と翼を真ん中にして、

それを囲みながらの隊列を組んで、花壇へと急ぐ。

今度も裕くんが先頭に立って、案内した。

 

花壇では、会議はまだまだ続いているようだけれど、

もう、誰もハチさんのことを見てはいなかった。

ハチさんは、花壇のすみで飛び立つ練習を続けていた。

 

裕くんたちに気づくと、アリさんたちは会議を止めて、

いっせいに目を向けた。

ハチさんも一瞬だけ目を向けたけれど、すぐに練習を再開した。

 

筋肉のあるアリさんと、神経質のアリさんはすぐに女王様に気づいて、一歩前に出た。

 

「お忙しいところ、誠に申し訳ありません女王様。」2人同時に言った。

 

「いえ、何か面白いものを見せてもらえると聞いて来たのよ。翼を持って。」

 

「ありがとうございます。」また2人同時に。

 

「では、早速、お借りいたします。」

 

筋肉のあるアリさんに、戦闘部隊が囲んで、翼を取り付ける。

 

裕くんには、とても立派に、さらにたくましくなったように見えた。

 

筋肉のついたアリさんは、ハチさんに、

「もういいよ。飛ぶことが、怖くて仕方ないんだろう?

一回飛べなくなったからって、自分が飛べるってことをもう、

信じてないんだろう?だから、一度真上に飛び上がるんだ。

普通のハチさんなら、目的地まで最短距離で飛ぶはずだよ・・・。

僕は、ハタラキアリだけど、翼を持てば、オスアリのように飛べるって

信じているよ。だから、見ててみな。」

 

裕くんは、不安だった。そんなに簡単に飛べるのか?

少し嫌な予感もした。

 

「裕くん、これから僕は、雄アリが結婚飛行で飛び立つように、

高い草に登る。そして、合図を出すから、さっきよりも、

もっと強く僕に息を吹きかけてくれないか?その勢いで、

僕は、どこまでも飛ぶことができる。」

 

早くも嫌な予感は当たった。

 

「でも、でもね、約束してくれない?勝手な話かもしれないけど、

僕は君と友達になれた気がするんだ。

だから、絶対に何があっても戻ってきてほしいんだ。」

 

「俺が戻ってくるって、裕くんは信じてくれるかい?」

 

裕くんは、ゆっくり頷く。

頷きながら、リハビリをしていた時のおじいさんの一生懸命な顔を思い出した。

本気で飛べると思った。

 

「だったら、戻って来れるよ。

それに女王様に翼をお返ししなくてはならないからね。」

 

話しながら、筋肉のついたアリさんは、高い草のてっぺんを目指した。

 

ハチさんは悲しそうな顔で見届けている。

 

神経質なアリさんは、いつもの冷静な目で見送っていた。

実は、神経質なアリさんがいちばん信じているのかもしれない。

 

他のアリさんたちはじっとしていられず、

筋肉のついたアリさんが飛び立つ草の周りをもの凄いスピードで歩き回っている。

 

筋肉のついたアリさんから、準備が整ったサインが出た。

 

裕くんは緊張しながら、飛び立ちやすい角度で思い切り息を吹きかけた。

 

筋肉のついたアリさんは、飛び立ったと言うより、飛ばされたように見えた。

 

必死で、体勢を整えながら、ゆっくり翼を羽ばたかせはじめる。

裕くんの息の風に乗って、翼がスムーズに動いて・・・飛んだ!

 

筋肉のついたアリさんはゆっくりと旋回して

みんなが心配しているこちらに顔を向けた。

 

気持ちのよい笑顔だった。

 

が、次の瞬間、本当の横風が吹いた。

アリさんはバランスを崩した。

そして、片方の翼が外れた。

アリさんは、コントロールを失い、真っ逆さまに落ちて行く。

 

その真下には、池が待っている。

目を覆いたくなる瞬間、黒い何かが左から右へ駆け抜けた。

アリさんが消えた。

 

気がつくと、ハチさんの姿も見当たらなかった。

みんなが、辺りを見回している。

そこへ、ハチさんが筋肉のついたアリさんを抱きかかえて飛んできた。

 

2人は笑っている。

「ワーッ」歓声が上がった。女王様が笑った。

神経質なアリさんもはじめて笑顔を見せた。

とてもいい笑顔だった。

 

裕くんは嬉しくなって、誰かに伝えたくて、家に戻った。

 

洗濯物を取り込んでいたお母さんが、裕くんを見つけて、

「事件はもう、解決したの?」って聞いた。

 

裕くんは嬉しそうに頷くと

「解決したよ。でもね、ワルモノはいなかったよ。」

 

そして、忙しいお母さんの後をくっついて回りながら、

事件のすべてを報告した。