フエナイアルバム

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寝室の窓からガラリと「40」が入ってきた。

「こんばんは」とも言わずに。ムスッとした顔で

「君、今日から40だから」と僕を見下ろし言った。

「なんか、教習所の教官みたいだね『君、今日から路上だから』みたいに。
本当はロクデモない人間なのに、凄く偉そうにしてる。」

「ふ、ふふふ。面白い意見だね。でも、ある意味、今日から
今日から路上にでるってところはあってるかもしれなぁーい」

40の声は震えていた。

ベッドに立って揺れているのだ。
相変わらずムスッとした顔しながら
弾まないトランポリンにはしゃぐ子供のようにしている。

僕は、当然いろんなことが聞きたかったが、
「そんな風に揺れていて楽しいのかい?」
と聞いてみた。

「楽しい」と表情を崩さずに言った。

「今日は、コレもってきた」といって、鞄からごそごそと
取り出した。
「何かわかる?君の今までの人生で撮影した写真が詰まっている
アルバムだよ。
ご両親がせっかく〈フエルアルバム〉買ってくれたのに
全然増えなかったやつ。
ほら、3ページしかないでしょう。」

ちょい、ちょい嫌なことをいう。

「長男が生まれたときは張り切るけど、次男の時はもう両親が飽きちゃったパターンだよね。その証拠に君のワンショットって無いでしょ?
長男とツーショットばっかりだよね。」

だんだんうざくなってきた。

「でもさ、この時の写真しかないからさ、君が事件を起こした時に
良心的なメディアはこの写真を使うはずだからさ『こんな可愛いのにねぇ。成長の過程でいったい何があたんだろう、本当に残念だよね」と
“とくダネ!”の小倉さんは言うはずだよ。」

良心的でないメディアはどうすんだ?

「うん、君が100kg近かった頃の免許証の写真を使うだろうね。
だから“とくダネ!”の小倉さんも『この顔見てると、なんか、おこるべくして起きた事件だね。凄い劣等感を持っていて、誰にも自分の秘密を打ち明けられなかったんだろうねぇ』って言うだろうね。自分のこと棚に上げて。」

自分のこと棚に上げて。って少し気になったけれど、突っ込むのはやめた。

「それで今日は、この〈増えなかったアルバム〉をシュレッダーにかけようと思うんだ」
と、言い終わらないうちに片手に持っていた家庭用シュレッダーで切り刻まれてしまった。

「そんで、今日は、いままでの記憶も全て消し去りに来たの。
うん。大丈夫だよ。
主要な記憶は残しておくからコレから生活していく上で何も問題は無い。
ただ、君が勝手に思い込んでいる“基礎”だとか“過去の遺産”とかが消えるだけだから。
君は、20代の頃、必死でネジ巻をして、んで、30代を走り抜けたと思ってるかも知れないけど、
ネジは空回りしてちっとも動いてないのよ。だから、このままほっとくと、中身が無いのに偉そうにしているオッサンになるんだよね。
だから、君の本当にささやかな過信を今から消去する。」

さっきと同じ様に言い終わらない内に、なんかのスイッチを押した。

何が変わったかわからないけれど、頭が少し軽くなったような気がした。

『君は、今日から新しい世界の路上教習が始まるみたいなもんだよ。
でも、安心してくれ、君の嫌いな教官はいない。そればかりか、君をサポートしてくれる
人はいないんだ。そう、君はひとりぼっちなんだ。ひとりポッチなんだよ』

何か、うまいことを言おうとして、失敗した感じだな。
でも、新しい世界をひとりぼっちで旅をするのか・・・・。
「ひとりぼっち」と「ひとりポッチ」
何だか、ひとりポッチってちょっとエッチな響きだなぁ。

と思いながら深い深い眠りに引きずり込まれていく。

おそらく、彼が言う通り僕が目覚めたら、
ひとりぼっちでひとりポッチの世界が始まっているんだろう。

 

 

※あの、全国5千万人の教習所の教官のみなさまスイマセン。
 ごめんなさい。みなさまは立派な方ばかりです。